プーチン大統領は戦時統制を強化し、情報網の遮断を進めているが......
ロシアのプーチン大統領は戦時統制を強化し、情報網の遮断を進めている。国民にとって正しい情報を得る最後の希望となっているのが、これまで犯罪の温床として危険視されてきたダークウェブだ。【動画】プーチン「パーキンソン病説」が再浮上ロシア通信規制当局「ロスコムナゾル」は3月4日、欧米の国営ニュースサイトへのアクセスを遮断した。これによりロシア国内からは、英BBC、米ボイス・オブ・アメリカ、独ドイチェ・ヴェレなどが閲覧不可となった。さらにロスコムナゾルは7日までに、FacebookおよびTwitterへのアクセスを遮断している。14日からはInstagramへのアクセスがブロックされる。これらSNSはロシア国営メディアによるフェイクニュースを抑制し、ウクライナでの生々しい戦況を動画で伝えるなど、ロシア国民にバイアスのない現状を届けてきた。一連のアクセス遮断により、政権によるプロパガンダの拡大が懸念されている。そこでにわかに脚光を浴びているのが、これまで犯罪の温床ともいわれ危険視されてきたダークウェブの一種「Tor(トーア)」だ。ダークウェブは利用者のプライバシー保護に優れるが、その反面、著作権コンテンツの無断配布から人身売買の商談の場まで、合法・違法のサイトが入り混じる。これまで闇のネット空間とも捉えられてきたダークウェブだが、今ではロシア国民が真実の情報を得るための最後の手段となりつつある。■ 3重のタマネギ構造で暗号化ダークウェブをひとことで言い表すならば、誰がどのサイトへアクセスしたかをほぼ追跡できないネットワークだ。専用ブラウザに専用URLを打ち込むことで、各社や個人が運営するTor専用のサイトにアクセスする。通常のネット(ダークウェブに対して「クリアネット」と呼ばれる)であれば、たとえ通信内容が暗号化により保護されている場合であっても、どのサイトと通信しているかまでを隠すことはできない。そのため、プーチンの指示を受けたロシアのプロバイダー(ネット接続業者)各社は、BBCやTwitterなど特定サービスへの通信を検知・遮断することが可能だ。情報規制を受けロシア国内では、ダークウェブの一種であるTor経由での閲覧方法が広まりつつある。Torは「The Onion Router」の略称であり、まるでタマネギのように複数の層で宛先アドレスを暗号化することから名付けられた。Torを経由すると、通信先サイトのアドレスが3重に暗号化される。その後、まるでタマネギの皮をむくように、Torネットワークに参加する有志の中間サーバーを経由するごとに1枚ずつ暗号化解除されてゆく。プロバイダーとしては、通信をパスする先となる最初の中間サーバーのアドレスを知ることは可能だ。しかし、最終的にユーザーがどのサイトへアクセスしたいのかまでは、暗号化されていて解読できない。このため、宛先ごとにアクセスを遮断できないしくみだ。大手SNSおよび報道各社もこうした特性を評価し、専用サイトの開設に踏み切っている。2014年の段階でTor対応を済ませていたFacebookに加え、BBCや英ガーディアン、そして直近ではTwitterなどがTor対応サイトを開設し、ロシア国内からのアクセスを支援している。■ 規制当局がねらったTorの弱点ただし、ロシア規制当局も無策ではない。昨年12月にはTorネットワークへの通信全体をブロックしている。通常Torでは3台の中間サーバーを経由するが、入口となる1台目のサーバー群のアドレスは公開されている。そうしないとユーザーが利用できないためだが、ここがTorの弱点となった。規制当局はこの入口サーバーのリストを参照し、アクセスを順次遮断していった。しかし、Tor側も易々とは屈しない。Torプロジェクトはこれまでに、利用可能な入口サーバを都度公開するTorブリッジと呼ばれる技術を開発し、リストの全公開を避けてきた。政府による遮断をさらに困難にするため、現在はSnowflakeなどのソフトの利用を推奨している。これは、すでに検閲リスト入りしたTorの入口サーバーに代わり、無数の新たな入口を提供するものだ。ロシア国内のユーザーがSnowflakeをインストールすると、海外で同じくSnowflakeをインストールしている有志協力ユーザーに通信が送られ、Torへの入口として機能する。一般的なブラウザのプラグイン(機能拡張)として提供されており、インストールも手軽だ。ロシア政府としては、Torブリッジに協力する海外の全ユーザーを禁止リストに加えたいところだろう。だが、協力ユーザーは2万5000人ほど存在し、その時点でソフトを稼働させているユーザーは刻々と変動する。IPアドレスも変化するため、抜け穴を塞ぐことは事実上不可能に近い。ドイチェ・ヴェレは、「情報を求めてやまないロシア人たちがこの障害(アクセス遮断)をう回する知識を持ち合わせていない、と考える人々は間違いである」ことが証明される結果になったと述べている。■ 当局の規制に次々と対抗規制当局とTorプロジェクトのイタチごっこは続く。当局はTor自体の周知とソフトの入手を難しくするべく、プロジェクトのウェブサイトへのアクセスを遮断した。Tor側はミラーサイト(同一内容を提供する別サイト)を用意して対抗している。ロシアのTorユーザー数は世界2位の規模となっており、1日あたり30万人を超える利用がある。プロジェクトは、「この状況は瞬く間に国全体でのTorの遮断へと発展すると思われるため、この検閲への対抗が我々の急務です」と述べ、自由な情報の流通を確保する責任を自負している。Torなどのダークウェブはその高い秘匿性により、プライバシー保護の手段として重宝されてきた。同時に、身元の追跡がほぼ不可能という性質上、違法な情報を捜査機関の追跡なく交換する場としても用いられている。これまでごく一部の利用者を惹きつけてきたダークウェブだが、現在では情報を覆い隠そうとする政府への対抗手段として、ロシアの一般ユーザーの希望の光ともなりつつあるようだ。